ちょっと抜けたところもあるが、憎めない男……彼と初対面の人間の大半はきっとそう感じるだろう。実際に、彼が所属する営業課内でも大半の人間は彼をそう認識している。
しかしそういった無害そうな外見は彼の数ある仮面の一つに過ぎない。実は彼は社内の異分子を秘密裏に洗い出し、必要とあらば処理する内部監査官なのだ。所属こそ査察部ではあるがその仕事内容上彼の正体を知るものは査察部内部でも数えるほどしかいない。
幼い頃から会社に育てられ非合法工作員となった洋平は生粋のクグツである。人好きのする笑みの裏は社の利益を考えた計算式で埋め尽くされている。その行動には一切私情を挟む余地はなく、一見無償の親切に見えても実際のところは全てに計算を挟んだ効率を考えての結果なのだ。
その様に基本的に自己というものを極力廃している彼だが、唯一心を開いて計算を介さず付き合っている相手がいる。その相手とは、かつて後方処理課で“死の右腕”と恐れられた千早重工現社長、「千早雅之」である。
かつてまだ雅之がメルトダウンと呼ばれていた頃、洋平は彼の下で一時期を過ごしたことがある。その時、極限的なまでにクグツ的なメルトダウンの生き様は正に洋平の理想とするべきものだった。そういったクグツの理想像であるメルトダウンに対して、洋平は深い敬愛の念を抱いたのである。勿論、雅之と名を変え社長となった今でもその思いに変わりは無い。
雅之社長就任から現在に至るまで、雅之の通ってきた道は決して楽な道のりではなかった。社内外に数多くの敵がおり、そして足場も決して磐石とは言いがたかった。それでも彼は様々な困難を乗り越え、そして徐々に足場を固めていった。
もちろんそれは雅之の有能さがあったことはいうまでもない。しかし、その裏で洋平の尽力も大きく関わっている。
整形とＩＤ偽造により後方処理課時代とは全くの別人と化した洋平の存在を知るものは皆無であり、洋平はその知名度の低さを活かし秘密裏に様々な内部の障害を排除してきたのだ。最近は後方処理課内部掌握の成功を受け、内部に限らず外部を対象とした潜入や情報収集など広報処理課的な仕事も増えつつある。
後方処理課とは違う、千早雅之のワイルドカード。それがこの「佐藤 洋平」という男だ。